騎士団本部・・・それはドイツ、ハンブルグ州都ハンブルグに存在していた。

既に他の州は軒並み死者や死徒の手に蹂躙されているが、ハンブルグ州・・・いや、正確にはハンブルグより北、そして西南地区は辛うじて生者の領域であった。

それもハンブルグとブレーメンを結ぶ主要道路とエルベ川とウェーザー川、この二つを使い有効な防衛ラインとして確立していた為だった。

幸運にも死の手から逃れた生存者は騎士団の保護下の元、そこから更に北上しデンマークを超え、そこから脱出を急いでいた。

だが、ドイツ最後の砦ハンブルグ・ブレーメン防衛ラインにも遂に『六王権』軍が本格的に侵攻を開始した。

軍を指揮するのは二十七祖十五位にして『闇師』直属の配下リタ・ロズィーアン。

ここで余談だが、『六王権』軍編成に辺り、『六王権』は側近『六師』に傀儡とした二十七祖をそれぞれ一人ずつ配下として組み込ませた。

『風師』は十八位エンハウンスを今までどおりに、『炎師』は十四位ヴァン・フェム、『地師』は十位ネロ・カオス、『水師』は二十二位スミレ、『光師』は十七位オーテンロッゼ、『闇師』には上記のようにリタと言う風になっている。

「まだなの!!まだ騎士団本部を落とせないの!!」

金切り声を上げてヒステリックに当り散らすリタ。

「全く使えないわね!!エミリヤ様がご到着する前に陥落させられないの!!」

「それは無理よリタ。相手は長年貴女達と戦い続けてきた騎士団よ。そうも簡単に落とせる訳無いでしょ」

「!!エ、エミリヤ様!!」

「ご苦労様リタ。それと何度言えばわかるのかしら?私の事は『闇師』と呼べと言った筈よ」

露骨なまでにすがりつくリタに『闇師』は冷淡な表情で突き放す。

彼女の真名である『エミリヤ』、この名を呼んで良いのは彼女が敬愛する兄だけ。

いくら直属の配下でも気軽に呼ばせるものではない。

「は、はい・・・申し訳ございません」

「まあ良いわ。それよりもリタ、状況を報告して」

「は、はいっ!」

リタは『闇師』に現状を報告する。

「騎士団本部はハンブルグ全域を結界で防備を固め後方から住人を次々と脱出させているようです。更にブレーメンでも同様の結界と巧妙な防衛陣に阻まれて・・・もちろん何度か後方や本部に攻撃を仕掛けましたが既に死者千近くを失い未だに・・・」

「まだその程度で済んでいるなら軽い被害よ。少し待っていなさい」

振り向き他の『五師』の元に向かう。

「・・・で、どうする?」

おもむろに意見を求める。

「早え所潰さないとならないな。このまま時間稼ぎをして最終的には自分らも逃げ出す気なんだろ?」

「俺も『風師』の意見に賛成する。騎士団は我らで潰し残りは他の軍に任せれば良いだろう」

『風師』と『地師』が強攻策を打ち出す。

「俺も二人に賛成する」

「僕も」

「私も賛成しますわ」

『炎師』・『光師』・『水師』も賛同した。

「ちょっと待って、私としてはここで暫く奴らを潰し合わせるべきだと思っているのよ」

だが、それに『闇師』が反論した。

「それはなんで?」

「忘れたの?陛下の目的はこの地から人間も死徒も根絶やしにする事。そのためにも少し減らしあってほしいのよ」

「・・・確かにそれも一理あるが・・・」

「だがそれだと時間がかかるぜ。それで奴らに反撃の時間を与えるのもあほな話だろ?」

「それはそうだけど・・・」

議論が堂々巡りとなった所で『炎師』が助け舟を出した。

「それなら陛下か『影』殿に決断を仰ごう」

「そうね。それが良いわ」

その語尾に重なるように『闇師』の影が盛り上がる。

「『六師』、陛下より勅命を伝える」

その影の中から当の『影』が現れた。

四『騎士団崩壊』

「!!旦那!」

「あ、兄上」

ぎょっと驚く。

まさかいきなり『影』が現れるとは夢にも思わなかったからだ。

後ろではリタを始めとする死徒達が一斉にひれ伏していた。

「ご苦労。予測を超える速度でドイツは我らの手中に入りつつある。陛下もお前達の働きに満足している」

『はっ!』

「それで『影』様、陛下よりの勅命とは・・・」

「そうだな、陛下より勅命を下す」

『はっ!』

「まずはエミ・・・いや『闇師』、『光師』」

「はいっ!」

「・・・はっ・・・」

「お前達はリタ、オーテンロッゼを引き連れ、西侵を開始せよ。ドイツ西部国境からオランダ、ベルギーに雪崩れ込め。『風師』、『炎師』はエンハウンス、ヴァン・フェムを率いて南侵を、オーストリア、チェコ、スイスを攻めよ。『水師』はスミレと共に東に進みリューベックよりバルト海に入れ。これより『暗黒のイースター』第二段階に移行する」

「へっ?」

「『影』殿、では騎士団はこのまま放置を?」

「まだ勅命は続きだ。またこれに連動して軍の編成を一部変更する。『地師』」

「はっ」

「東侵軍の一部を割き北侵軍として再編させた。今こちらに向かっている。お前はネロ・カオスと共に北侵軍を指揮し、騎士団を崩壊させた後更に北上、デンマークを陥落させよ。その後はバルト海を越えてスカンジナビア半島に上陸、最終的には東侵軍と合流しロシアウラル山脈以西全域の制圧を目指せ」

「御意」

その言葉に静かに頷く『地師』。

しかし、その顔には滅多に見せぬ愉悦の笑みが浮かんでいた。

「しっかし旦那、どうして急に第二段階を早めたんだ?計画だとデンマークまで落としてから初めて軍を分けるはずじゃなかったか?」

『風師』の疑問に『影』は深刻な表情で答える。

「そのつもりだったが予定を変更せざるを得ない事態が起こった。『彷徨海』が既にドイツ東部国境近辺にまでポーランド軍と共に集結しつつあると報告が入った」

「『彷徨海』が?」

素っ頓狂な声を発する『炎師』。

「ああ、他がさほど目立った反応を示していないから余計に警戒せねばならない・・・」

「そうなると、ここに手間取っていれば背後を突かれる恐れがありますな」

「そうだね。最悪分断されて各個撃破もありえるよ」

「そうだ。それ故に『暗黒のイースター』第二段階を若干変更させて行う。このまま北上するのは北侵軍のみとし、残りは予定通り進撃せよ」

「そうなりますと『影』様、東侵軍をどれほど北侵に?」

「東侵軍の三割を北侵に振り分け、残りは当初の予定通り東侵を開始させる」

その案に真っ向から反論するのは『地師』本人ではなく妻の『水師』だった。

「少々少な過ぎるのでは?」

「不安か?『水師』」

「無論です!」

『水師』の感情を露にした返答に『影』は静かに微笑む。

「案ずるな。『地師』ならばこの規模でも充分だ。そうであろう」

「はい」

「そう言う事だ。『水師』、お前の愛する夫を信じろ」

「・・・はっ・・・」

ありありとした不満を表情に浮かべながらもようやく折れる『水師』。

「旦那、東侵軍の指揮は誰が取るんだ?」

「オーテンロッゼが最も忠実かつ、有能な子飼いを用意した」

「誰なのですか?」

「ルヴァレだと言う事だ」

「ああ、あいつの腰巾着か」

「そう言うな。あいつが二十七祖に迫る力を持つのもまた事実だ。陛下もそれを了承した」

「陛下がそう申されているのなら我らもそれに従うだけだな」

「まあそうだがな」

「また『ダブルフェイス』量産型が四体、そして水陸両用型と航空型も完成した。当初の予定通り各軍及び、『水師』と『鳥の王』の海空の遊撃軍に配備させる。『地師』兵力に不足は?」

「充分すぎます。どの道侵攻の都度、死者は増えますので」

「わかった。総員直ぐに戦力の再編成を始めろ」

『はっ!!』

その声と共に頷く。

そのまま立ち去るかと思われた『影』だったが、『闇師』に視線を向ける。

「エミリヤ」

「はっ、はいっ」

「『地師』が騎士団を制圧させたと同時に封印を広げるように」

「はい」

「今回の侵攻、お前の力が最大の要だからな。頑張れよ」

そう言って兄の顔で『闇師』の頭を撫でる。

「はいっ!!」

『闇師』もまたエミリヤの表情で嬉しそうにされるがままにされる。

「あ〜あ、見ろ『闇師』の顔、すっかりふにゃふにゃだぜ」

「あれだからブラコンだって言われるんだ・・・」

『風師』と『炎師』が呆れたように溜息を付く。

「まだ良いよ兄ちゃん、向こうじゃあ・・・」

そう言って更に呆れ果てた声で『光師』が指差す方向には、抱擁を交わす『地師』と『水師』がいた。

「あ〜そうだったな。内には万年新婚夫婦がいたんだった」

「一人身にはやや辛いものがあるんじゃないのか?」

呆れるように呟く『風師』に対して『炎師』がからかうように声をかける。

「いや、あれを見てるとむしろげんなりする。行こうぜラルフとっとと再編して南部を攻めるぜ」

「ああ」

まず風と炎が荒れ狂った。

「じゃあ行くわよ『光師』。『風師』や『炎師』には負けていられないわよ」

「うん」

「リタ、直ぐに軍をドイツ西部国境に集結させなさい。再編された所で侵攻を開始するわよ」

「はっ!!」

続いて眩いばかりの光が辺りを照らし直ぐに辺りの闇より更に深い闇が包む。

それと同時にどの様な力を用いたのかは不明だがリタ達も姿を消していた。

「ではあなた・・・お気をつけて」

「ああ、バルト海で会おう」

夫の言葉に頷き水と共にその身を沈ませる『水師』。

残されたのは『地師』と『影』のみとなった。

「『地師』、容赦は無用だ。存分に潰せ」

「御意。『影』殿久しぶりに暴れさせてもらいます」

「そうか・・・なれぬ補佐役はやはりきつかったか?」

側近衆『六師』の中で『地師』はその性格ゆえに『六師』長『闇師』の補佐役として、暴走しがちな『闇師』や『風師』、『光師』を抑え『六師』全体を取り纏める役割が多い。

「いいえ、慣れぬ仕事だと言う事は間違いありませんが、充実したものでした。ただ、時折でも暴れる機会があるというのは心躍るものです」

常には見せぬ凄惨な笑みを見せる。

「制約は何も無い。存分に暴れ憂さを晴らせ。間も無くネロ・カオスも到着しよう。後のことは全てお前に一任する」

「はっ」

その言葉と同時に『影』も影に沈みその姿を消した。









視線を変える。

騎士団本部では前線の急変に戸惑いを覚えていた。

「『六王権』軍が急に退いた?」

前線からの報告に眉をひそめるのは防衛部隊の総指揮を取るリーズバイフェ。

かつてシオンと共に十三位『タタリ』と戦った騎士で現在では前線の全騎士団部隊を統括する軍司令である。

あの後騎士団に帰還した彼女は事実をありのままに報告したのだが、その事実は彼らにとって都合が悪いとの事で、闇に葬られ更には『タタリ』撃退の立役者に祭り上げられ、その功績で昇進を果たした。

本人にとっては空しいものだったが皮肉な事にその地位は彼女の能力を振るうのに相応しいものであった。

現に今こうして僅かな生き残りを逃がすのに役に立っている防衛ラインはリーズバイフェの手腕によるものだ。

彼女の手腕が無ければ今頃ドイツは全土死徒に蹂躙されていた筈だった。

「総司令、好機です、このまま進軍して盛り返しましょう」

部下の血気にはやった声にリーズバイフェは頭を振る。

「いえ、今の内に一般市民の離脱及び全部隊の撤退を行います。どの道これは一時的なものでしかない筈。直ぐに再編された『六王権』軍が殺到してくるに違いない。ならばこの間隙を突いて戦力を温存させます」

「はっ」

不服そうな表情を一瞬だけ見せたが直ぐにそれを打ち消して、撤退準備に入る。

「ふう・・・」

窓から郊外を見る。

そこには黒煙を上げ、炎に包まれた車両が何台も見える。

そして空は未だに深い闇に包まれている。

(エルトナム・・・お前の予測通りとなったな・・・)

つい二ヶ月前再会した懐かしき戦友の言葉を思い浮かべる。

時は経ても十年近く前、背中を預け共に『タタリ』と言う悪魔と戦った日々は色褪せる事はない。

最も、互角所か歯も立たず、もしあの時『真なる死神』こと七夜志貴が来なければ間違いなく死んでいた筈だった。

その彼女が『真なる死神』と婚姻を結んだ事は周知の事実であるが、まさか夫同伴でここにやって来るとは思わなかった。

志貴達は三ヶ月無為と徒労に過ごしていた訳ではない。

その間『代弁者』として魔術協会や騎士団、『彷徨海』、アトラス院にまで赴き、『六王権』捜索の助力を要請してもいた。

シオンを連れての訪問はその一環だった。

『リーズバイフェ、『六王権』は冬木に存在していた聖杯の魔力を取り込み既に恐るべき力を得ています。それに十七位などの死徒と死者の軍勢が加われば欧州は無論の事、最悪ユーラシア大陸のほぼ全てが『六王権』に蹂躙されかねません』

そう言って騎士団の更なる部隊増強を要請した。

他人が言えば単なる戯言と鼻で笑えるだろうが、目の前にいるのは剥奪されたとは言え歴代のアトラシアの中でも最高の分割思考を持つ錬金術師だ。

その言葉には真実味があった。

可能な限りの助力を約束したのだが、いかんせん更に上が頑固だった為思うように進める事ができなかった。

そうしている内に、あの宣戦布告が全世界に向けて発せられ、更には間髪を入れずに欧州全域でのゲリラ戦及び、ドイツへの侵攻を開始。

驚異的な速度でドイツは北部を除き『六王権』に何もかも蹂躙されてしまった。

そして当のお偉方はと言えば、真っ先にロンドンに向けて逃げ出していた。

今ここにいるのは純粋に戦闘部隊のみである。

北部は友軍の奮戦で何とか持ち堪えている。

だがそれも限界だろう。

この間隙をなんとしても生かし残存戦力を温存し安全地帯まで離脱しなければならない。

必ず行われる筈の『六王権』に対する反攻の為に。

最も消極的であった協会もここまで来れば重い腰を上げないわけには行かない筈。

「急げ!退いたとは言え『六王権』軍は必ず半日を待たずに、またここに攻撃を仕掛けて来る。その前に離脱を完了させるのだ!」

後方の部隊には民間人の移送を急がせ前線にはカメラ及び斥候部隊での偵察のみに留まらせ、部隊はハンブルグ中心地に移動させる。

民間人の移送の最後尾に自分達も撤退する気でいたのだ。

この判断は正しかった。

現に『六王権』軍のハンブルグ再攻撃はこれから六時間後に開始されたのだから。









「・・・」

闇が辺りを包む中『地師』はただ一人深く瞑想し時が来るのを待っていた。

が、不意にその目が見開かれる。

「来たかネロ・カオス」

「遅くなりました」

その傍らに音も無く現れたのは紛れも無い第十位混沌ネロ・カオス。

『地師』の直属の配下である二十七祖。

「現状は?」

「既に西侵軍、南侵軍、東侵軍はドイツ国境を突破し各地に進軍を開始、また海空の遊撃軍もまた船舶及び航空機を餌食としている模様」

「では北侵軍も動くか・・・他は」

「ブレーメンには既に到着し攻勢を仕掛け始め、こちらに向かっている本隊も間も無く到着します。いかんせん常に餓えている死者ゆえに残飯漁りに執着しているので」

「構わん。では残飯を漁り易くする為に大掃除と行くか。ついて来い」

「はっ」

そして『地師』はネロ・カオスを従え、歩を進め始めた。









一方騎士団では・・・

「民間人の避難は?」

「これで最後です。既に先発した民間人はデンマークに入国した様子です」

「申し上げます。ブレーメンの撤収は完了。ブレーメン駐留部隊及び非難していた民間人全員北海へ出発した模様」

「よし、ではこの便の出発と同時に全部隊は本部まで後退、撤収準備に入れ。準備完了次第我々も進発する」

そこに

「そ、総司令!!」

「どうしました」

「そ、外の『六王権』軍に動きが!」

「動き?」

「は、はいこちらに向けて進軍を・・・開始しました。結界を粉砕し既にハンブルグ市街地に入った模様」

「それで戦力は?」

「それが・・・し、死徒二十七祖十位『ネロ・カオス』と、お、同じく・・・二十二位『六王権』側近衆『地師』・・・」

その報告と同時にリーズバイフェは号令を下す。

「前線の斥候部隊、戦闘部隊を残さず退避させろ!!戻り次第全部隊は早急に車両に乗り込み撤退を!!」

「し、司令それでは・・・」

基本方針では民間人が離脱した後も可能な限りここに留まり、安全が確保された時点で自分達も撤退する筈だったのを突然変更した事に戸惑いを隠さない。

リーズバイフェは険しい表情のまま、説明をする。

「二十七祖が二人も出てきている以上今までの様には行かない。食い止めようとしてもさしたる足止めにもならない。

三十六計逃げるにしかずよ」

「???何ですか?それ」

「私の友人が教えてくれた東方の格言よ。それよりも」

「司令!斥候部隊との連絡が途絶えました・・・おそらくは・・・」

「くっ・・・急ぎ撤退する!遅れるな!!」

「し、司令!!前線部隊が独自の判断で攻撃を開始すると通信が」

「無駄だ!!至急下がらせろ!!」









その頃・・・

「ふむ・・・歯ごたえの無い・・・」

殆ど抵抗らしい抵抗もさせず全滅させた騎士団部隊をつまらなそうに一瞥しそれから混沌に取り込み肉の一片まで食らい尽くすネロ・カオス。

「見たところ斥候部隊だ歯ごたえが無いのも当然だろう・・・どうやら本番のようだな」

その言葉と同時に鼓膜を破るほどの金属音が響き、アスファルトが、コンクリートが砕け、それが更に細かく煙のように立ち込める。

撤退の時間を稼ぐ為、前線の部隊が残りの残弾全てを叩き込んだ。

無論弾丸の全ては対死者、死徒用に概念呪詛を注ぎ込んだ特別品なので、直撃すれば負傷は免れない。

そこに概念呪詛込みの砲弾が叩き込まれる。

弾丸の再装填の為に一旦銃撃が止まる。

「・・・うるさいだけか」

それに対する返答はあまりにあっさりとしたものだった。

煙が晴れるとそこに現れたのは岩の巨人、大地の幻獣王『タイタン』。

それが全ての銃撃砲撃を受け止めていた。

「タイタン数百年ぶりに本気を出せ。仮の主である俺が許可する」

その宣言と同時に防衛ラインが粉砕された。

『タイタン』の腕の一振りだけで、建物は粉砕され、防衛線は吹き飛ばされ騎士団員は木の葉の如く暴風に煽られ地面に叩きつけられる。

ただの一撃で『地師』と騎士団本部との間に存在する障害は全て消え失せていた。

「ネロ・カオス、残りはお前が潰せ。出来るな」

「承知」

その宣言と同時に『地師』はまっすぐ騎士団本部に向かう。

「待て!!」

「ここは通さん!!」

『地師』の前に騎士団員が立ち塞がる。

だが、直ぐにそれは無意味となる。

「!!うわああ!」

「ぎゃあ!」

突如として現れた足によって一人残さず踏み潰された。

それを尻目に『地師』は急ぐでもなくゆっくりと本部に向かう。

それを追うように生き残りの騎士団員が次々と背後から『地師』に襲いかかる。

だが、さらに背後から襲い掛かる数々の獣が騎士団の動きを止める。

「くっくそっ!!」

やむを得ず手持ちの武器をネロ・カオスに向け直す。

「さあ・・・我が混沌の血肉となるのを望むか?それとも・・・」

ネロ・カオスの背後から次々と死者や死徒が現れる。

「こいつらによって血を貪られるのを望むか?」

『六王権』軍、北侵軍本隊が遂にハンブルグにまで到着した。









「申し上げます。『六王権』軍と思われる死徒や死者がハンブルグ市街地に出現。前線部隊と戦闘を開始、しかし数の差は如何ともしがたく・・・全部隊・・・全滅・・・」

報告に現れた見習いの少年騎士の声は圧倒的な恐怖に彩られていた。

「・・・」

その報告を聞いてもリーズバイフェは身じろぎしなかった。

そこに更に悪い知らせが届く。

「ブレーメンを脱出した部隊が追撃してきた『六王権』軍と交戦を開始、民間人、部隊共にかなりの被害が出ているようです」

助けに行きたい所であるが今の自分達には助けに行く為の手段も助けられる力も無い。

リーズバイフェは唇を噛み締めていたが直ぐに非情とも取れる決断を下す。

「生き残りは直ぐに脱出を。本部は放棄します」

「司令!ブレーメンの部隊は!」

「被害には構わず何が何でも逃げ延びなさいと伝えなさい」

「ですが・・・」

「私達には余剰の戦力所かここを守る事も出来ない。少しでも・・・一人でも多くの生き残りの脱出に全ての神経を費やしなさい」

その言葉に悔しさを全身に表してそれでも台詞を理解する。

「しかし、総司令逃走を開始したとしても直ぐに追いつかれるかと・・・」

そこに別の少年騎士が懸念を表す。

「私が敵を食い止めます」

「で、ですが!」

「命令です。直ぐに脱出準備と本部爆破準備を行いなさい」

「・・・はっ・・・」

「それと・・・頼みがあります。脱出に成功したら、直ぐに極東日本に向かい『真なる死神』の妻となっているシオン・ナナヤ・エルトナムにこれを渡して欲しいのです」

そう言ってリーズバイフェは近侍を勤めていた、少年騎士にケースを渡す。

「これは?」

「シオンにリーズバイフェの贈り物と言えばわかる筈です。頼みましたよ」









一方・・・足止めと思われる敵襲や罠の数々を歯牙にもかけず次々と粉砕する『地師』は騎士団本部をまさしく破壊しながら奥へ奥へと突き進み遂に裏側にまで到着した。

見れば既にかなりの数の人間は脱出したようだった。

彼方に乗用車のものと思われるテールランプが見える。

だが、その距離はそれほど離れていない。

今から追跡すれば直ぐに追いつく。

だが、それはまだ出来そうに無い。

彼の視線の先には、まるでここから先には一歩も進ませないとばかりに覇気を纏った一人の女騎士と相対していた。

右手には概念武装のショートソードを持ち、そしてもう左腕には腕に装着するタイプの盾を装着し、パイルバンカーを構え、その鎧は防御力よりも機動力を優先したものだった。

「女、俺をここで阻む気か?」

子馬鹿にするでもなく、ただ静かに尋ねる。

「無論、これ以上の非道なる虐殺をここで阻む」

その女騎士・・・リーズバイフェは一言に闘志を示し、剣とパイルバンカーを構える。

億の言葉よりも雄弁な姿勢で目の前に立ち塞がる相手の覚悟と決意を悟った『地師』は始めて戦闘の構えを取った。

幻獣王だけに任せるのは非礼だという判断だった。

「女、貴様の気概に相応の礼で答えよう」

短い一言のみ伝える。

その表情にも言葉にも油断の文字すら見受けられない。

自分にとって、それは必滅を意味するにも拘らずリーズバイフェは笑っていた。

元より勝って撤退できる見込みなど円周率が割り切れる事よりありえない。

仮に『地師』を退けても次にはネロ・カオスを始めとする『六王権』軍北侵軍が殺到してくる。

十中八九ここが自分の墓所となるだろう。

ならば死兵となる覚悟で目の前の敵・・・『地師』を葬る事に専念しよう。

ここで『六王権』の側近の一人を打破できれば味方には大きな勇気を敵には莫大なショックを与える筈だ。

(負けられぬ・・・今逃げようとしている人々の為にも・・・)

「行くぞ」

その言葉と共に獣の如くリーズバイフェに躍り掛かり、丸太のような右脚を振るう。

しかしそれは盾によって阻まれる。

(簡単に砕けない・・・物質強化された代物か・・・)

確かにこれでは簡単には砕けない。

「ならば・・・強引に打ち砕く」

その宣言と同時に今度は頭上から『タイタン』の左の拳が振り下ろされる。

それに対してパイルバンカーを頭上に向けて構えるリーズバイフェ。

「無駄だ。概念武装だろうがそんなもので『タイタン』を阻めるか」

「阻むのではない。逸らすだけ」

『地師』の言葉にただ一言言い返し、バンカーを発射する。

発射された槍は拳と真正面ではなく、親指の付け根部分に激突する。

無論槍は見事に弾き飛ばされるがそれによって拳の軌道が僅かに左側へと押し出される。

傍目から見ればそれは僅かな軌道の変更に過ぎなかったが、リーズバイフェにとってそれは回避するには充分すぎる軌道変更だった。

素早く反対側に回避すると『地師』の脚を両断しようと剣を振るう。

それを察したのか直ぐに脚を引っ込めて攻撃をかわす。

その瞬間、自動で装填されたバンカーを『地師』の心臓に構える。

剣での攻撃自体が囮だった。

「!!!」

「これで終わりだ」

言葉と同時に上位の死徒であっても一発で消滅させる必滅の槍が発射され寸分の狂いも無く『地師』の心臓を完全に破壊し、槍は『地師』の肉体を貫いた。

『地師』は声も無く地面に倒れた。

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